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「もう疲れちゃったかな」
京都市役所のビル。町の喧騒が下に聞こえる屋上のフェンスの上に、零崎舞織は座っていた。
所謂飛び降り自殺をしようかと思い、一人でこんな所に座っているのだ。
「…?誰か来る」
舞織が呟いた通り、直後後ろの扉が開いた。
「んーっ、やっぱ此処は眺めがいいなぁーって、あれ?先客??」
入ってきたのは制服姿の女の子。
おそらく高校生だろう。
そのままフェンスまで歩いて、舞織の隣に座る。
「初めましてっ!」
いきなり声をかけられた。
月並みの挨拶。
「はぁ、どうも…」
「あれ?鋏?」
舞織の膝の上の自殺志願を見て、女子高生は言う。
「あ、あぁ、うん…」
「そんなにおっきな変な鋏…もしかしたらそれ作ったのうちのお爺ちゃんかもねー」
「え…?」
舞織は自殺志願を双識から貰っただけで、刀鍛冶などは全然知らない。
「あ、自己紹介がまだだったねっ!刀鍛冶、古槍頭巾12代目、よろしくっ!」
勿論古槍が刀鍛冶の名門だということも知らない。
「あぁ、はぁ、零崎舞織です」
零崎舞織―――まだ馴染まない自分の名前。
「零崎っていうと、なんだっけ?殺し名?ん?あれ?呪い名だっけ??」
頭巾は軽く狐面の男に聞いた事を言っただけだったが
「っ!?」
単なる高校生だと思った女の子が自分の苗字を知っていたのだ。
舞織を吃驚させるには十分だった。
勢いでフェンスから落ちそうになった姿勢を正しながら、声を低くして訊く。
「なんで・・知ってる」
あからさまに警戒態勢に入っている。
「あ、あー、そっか、言ってなかったよね。古槍頭巾≪十三階段≫の5段目とは私のことなのよっ!」
「……?十三階段?」
知らなかった。
「あー、知らない?うーん、うん、まぁ、いいけどさ」
舞織にはよく分からないが、どうやら頭巾は少しショックを受けているようだった。
「で?なんでこんなとこにいるのよ?」
唐突に話を切り替えられた。
「あ、うん…此処から飛び降りちゃおうかなーとか思って」
あははー、と舞織は軽く笑って言った。
「…駄目だよ」
が、頭巾は対照的だった。
「なんで?私が死んじゃっても誰も悲しまないんだよ?お父さんもお母さんもお兄ちゃんもお姉ちゃんも殺されちゃって…
やっとできた家族だって‥死んじゃって…もう誰もいないのに…」
舞織は顔を伏せて、シャンっと両足でフェンスを鳴らす。
「本当にいないの?」
静かに頭巾は訊く。
「…」
舞織の頭に最後の家族が浮ぶ。
「人識くん…」
愛しい家族の名前。大切な家族の名前。
「なんだ、アナタにはちゃんといるんじゃん」
頭巾は嬉しそうに舞織を見て、その視線を上に向ける。
「でもっ、人識くんはきっと…悲しんだりしないよ…」
「そうかなぁ?誰だって、身近な人が死ぬのは悲しいよ。それに…」
「うん?」
「その人が悲しんで泣いたりしてくれなかったら、私が悲しんで泣いてあげるわよっ!」
「そんな、同情みたいな…」
「失礼なっ」
ぱーんち、と言いながら頭巾は拳を軽く舞織の頬に当てる。
「もしも私が死んじゃっても、まいおりんは泣いてくれないわけ?」
いきなりあだ名ですか、と舞織は暢気に心の中でツッコミを入れた。
「泣きはしないけど、悲しい、かな」
あんまり五月蝿いから適当に答えてやった。本当は―――きっと何も思わない。
が、頭巾は
「でしょ?当然よっ」
嬉しそうに笑った。
とても綺麗に笑った。
羨ましかったし、悔しかった。
いっそ今此処で殺してしまえば―――
「じゃ、私帰るねっ!」
頭巾の言葉で舞織は我に返る。
「あ、あぁ、うん」
またねっ、と頭巾は元気に帰っていった。
またって、もう会わないだろう、と舞織は思った。
古槍頭巾―――舞織には久しぶりに話をした高校生という印象しか残らなかった。
残らなかったはずだった。
翌日、舞織は泣いていた。
京都御苑。
10月31日。
9月には誰も死ななくて、10月には人が死ぬ。
狂ったように。
壊れたように。